ペンギン・ハイウェイ 森見登美彦著

 

 森見登美彦という作家は、私の大好きな作家の一人である。独特の空気感を持った作家で、どの作品を読んでも、あっという間に森見ワールドに引き込まれる。

 

 森見登美彦の書く世界は、現実にありえない世界なのだが、いったんその世界に引き込まれると、その世界で起こる様々なことは、何の違和感もなく、必然性さえも感じてしまう。そして、その独特の空気感は、なんとなく心地よく、心の奥の方を、ちょこっとくすぐられるような、ほほえましさと、昔経験したような、ちょっとした寂しさを伴う。

 

 

 

 ペンギン・ハイウェイは今までの森見作品とは、少し雰囲気が異なる。主人公が小学4年生の男の子なのだ。彼の作品の多くは、彼が京都大学農学部の出身のためか、京都が舞台で、主人公も大学生の男子が多かった。そのため、子供と一緒に読める作品ではなかったと思う。しかし、ペンギン・ハイウェイは、小学校中高学年から大人まで、十分に楽しめる作品である。

 

 

 

 舞台は郊外の新興住宅地である。小学4年生のアオヤマ君は、好奇心旺盛なませた男の子である。作品の冒頭で、

 

 

 

 僕はたいへん頭が良く、しかも努力をおこたらずに勉強するのである。

 

 だから、将来はきっとえらい人間になるだろう。(本文引用)

 

 

 

と言ってのける。普通、こんなことを言うヤツは、誰からも嫌われるだろうと思われるが、アオヤマ君はなぜか憎めない。通っている歯医者さんで働くお姉さんが好きだったり、おっぱいが好きだったり、甘いお菓子が好きだったり、夜遅くまで起きていられなかったり。

 

 クラスのいじめっ子からは、当然目をつけられ、いじめられるが、アオヤマ君はそれさえも意に返さず、マイペースを貫く。

 

 

 

 ある日、アオヤマ君の住む街に沢山のペンギンが現れる。アオヤマ君は、このペンギンがどこから来たのかを、友達のウチダ君と一緒に探り始める。

 

  同級生のハマモトさんは、頭の良いおしゃめな女の子だが、彼らが名付けたジャバウォックの森で、透明な宙に浮く不思議な球体を見つけた。

 

 アオヤマ君、ウチダ君、ハマモトさんは、ペンギンや不思議な球体の研究を始める。観察、実験を行うのだが、一向にその正体について判らない。

 

 ただ、アオヤマ君の大好きな、歯医者のお姉さんが、ペンギンにも謎の球体にも関わりがあることが判ってきた。

 

 

 

 謎の球体は大きくなったり、小さくなったりを繰り返す。ペンギンが増えると、ジャバウォックが現れて、ペンギンを飲み込んでいく。シロナガスクジラが現れる。お姉さんの元気がなくなったり、また、元気になったりを繰り返す。まるでエッシャーのだまし絵の中にでもいるような不思議な感覚。

 

 

 

 やがて、謎の球体は大きくなり、森を飲み込み、町へとあふれ出した。アオヤマ君が全ての謎を解いたとき、待っていたのは、大好きな人との切ない別れだった。

 

 

 

 この作品も、是非家族で読んでほしい一作である。森見ワールド全開の不思議な世界にどっぷりと浸かり、そのほほえましさ、切なさを家族で共感して欲しい。

 

  ここでご紹介した書籍は、当院でお貸しすることが出来ます。是非ご利用ください。

 

獣の奏者 上橋菜穂子著

 

 

 上橋菜穂子著の獣の奏者は、日本が世界に誇れるファンタジーの大作である。Ⅰ―Ⅳ巻からなる本編とその外伝と併せて計5巻からなる物語は、圧倒的なスケールと著者の筆力により、物語の初めから引き込まれ、読み終えるまで目を休めることが出来ない。

 物語の前半部は、NHK教育テレビでアニメ化されたものが放映されたが、アニメという媒体であること、NHKにより全国放映されることなどの制約のためか、やはりその全てを伝えきっていないと思われ(アニメも良く出来ていると思うのだが、、、)、是非原作を読まれることをお勧めする。

 個人的には、世界的な大ベストセラーのハリーポッターシリーズを凌ぐものであり、ファンタジー不朽の名作、ロードオブザリングに並ぶものと思っている。是非、親子で読んで欲しい1篇である。

 

 私がこの本と出合ったのは、本屋でそのタイトルに目を引かれたからであった。私は何十万部売れているベストセラーだからといって、本を選ぶことはしない。獣の奏者というタイトルは、獣医師としての職業がらか、十分に私の興味を引いたからであった。

 

 主人公エリンは霧の民(アーリョ)の血を引く10歳の女の子で、闘蛇を育てる村に育った。闘蛇とは、頭部に大きな2本の角を持ち、蛇の体に4本の脚を持つ、巨大で凶暴な獣である。

 エリンの住むリョザ神王国では、周辺国からの侵略を防ぐための兵器として、厳しい掟の中、多くの闘蛇が育てられ、訓練されていた。

 エリンの母ソヨンは、霧の民(アーリョ)で、その闘蛇を育てる闘蛇村で、獣の医術師として働いていたが、ソヨンの世話をしていた闘蛇が、謎の集団死をしてしまう。

 ソヨンは役人にその責めを問われ、野生の闘蛇が沢山住む沼に、手足を縛られ投げ込まれる。エリンは母を助けるため、小刀を咥え沼に飛び込む。母のそばに泳ぎ着き、母の手を縛っているロープを切った時には、周囲を多くの闘蛇に囲まれていた。

 母ソヨンは、エリンを助けるため、霧の民に禁じられた秘法の指笛を吹き、野生の闘蛇をあやつり、エリンを闘蛇の背に乗せ、闘蛇に命じ、エリンを逃がしたが、自分は力尽き、闘蛇に食い裂かれ、沼に沈んでいった。

 

 エリンは遠く離れた土地に流れ着き、ジョウンという初老の男に拾われ、育てられる。ジョウンは昔、高等学舎で教鞭を取っていたが、権力の狭間で失脚し、その後世捨て人のように山に住み、蜂飼いをして暮らしていた。

 エリンは蜂飼いの仕事を手伝いながら、ジョウンに高度な教育を受ける。元々聡明で、好奇心旺盛なエリンは、真綿に水が吸い込むように、多くの知識を吸収していった。特に生き物の不思議な営みに深く興味を抱いていった。

 

 ある日、花の蜜を求めて、深く入った山の中で、エリンは初めて王獣を目にした。王獣は、巨大な翼を持つ、巨大な狼のような動物である。

 エリンの目にした王獣はヒナを育てており、そのヒナを狙って数頭の闘蛇が徐々に近づいていく。ヒナが助けを求めるか弱い鳴き声をあげると、高き天から王獣は甲高い一声を発する。その声を聞いた闘蛇は、腹を上にして動けなくなってしまった。

 王獣は動けない闘蛇をあっという間に引き裂き、食いちぎってしまった。その圧倒的な力は凄まじいものであった。

 エリンはその圧倒的な美しさ、巨大さ、その強さに一瞬で魅入られてしまった。

 

 数年間エリンはジョウンと共に過ごしたが、ジョウンは自分の体の異常に気付く。自分が死んだ後のエリンを気遣ったジョウンは、エリンの希望を聞き入れ、昔の学友であり、エリンと同じく王獣に魅せられた女性教師エサルが教鞭をとる、カザルム学舎にエリンを入学させる。

 エリンはそこで死にかけた王獣の子供リランと運命的な出会いを果たす。エリンの必死な看護により、リランは奇跡的な回復を遂げる。そしてエリンはリランとの間に、少しずつ信頼の絆を築いていき、互いの意思や感情を伝えられるようになった。しかしそれは、悲劇への序章であった。

 

 決して人に慣れないと言われる王獣。エリンはその王獣の背にまたがり、思い通りに空を飛び、禁忌とされていた繁殖にまで成功してしまう。リョザ神王国の防衛の要である闘蛇、その闘蛇を簡単に屠る王獣。エリンとリランは否応なく、政治の渦に巻き込まれていく。

 

 11年の時を経て、再び闘蛇の大量死が起きた。エリンは獣の医術師として、大量死の原因を突き止めるため派遣される。大量死の原因を突き止めたエリンは、闘蛇の繁殖の方法をも突き止めてしまう。

 王獣や闘蛇はそれまで厳重な掟に下、飼育されてきたが、これらは、巧妙に王獣、闘蛇が人の手によって繁殖されないようにする手段であった。それは数百年前に起きた王獣と闘蛇を戦わせたことによって起きた、大参事を未然に防ぐためのものであった。どのような大参事であったか、エリンは必死に調べようとするが、そんな中、敵国の闘蛇部隊との戦が始まろうとしていた。真王は、国と国民を守るため、エリンに王獣による部隊の編制を命じる。

 

 敵国との戦が始まった。エリンは王獣と闘蛇を戦わせることに、大きな不安を感じながら、それでも夫や息子、大切な人々を守るために、敵国の闘蛇との戦に向かう決心をする。

 

 夜明けと共に始まる戦を控え、エリンは自分が育て、訓練した王獣たちと最後になるかもしれない夜を共に過ごした。

 

 エリンは思わず腕を開き、エリンの鼻を掻き抱いた。リランの胸になにかが届いてくれるよう祈りながら。

 たくさんのものを、リランからもらった。ほんとうにたくさんのものを、リランからもらった。この思いが、腕から、胸から、伝わってほしかった。本文引用)

 

 獣医師を志し、大学に入学してから、50歳を過ぎた今まで、何百もの動物の死に立ち会ってきた。多くの涙に接してきた。その中には、私の飼ってきた動物たちも十数頭いて、家族の涙も見つめてきた。

 まだ温かい亡骸を抱き、最後に心の中でいつも感謝の言葉を掛けてきた。まだこの場に魂があるのなら、少しでもこの気持ちが伝わって欲しかった。

 

 物語はクライマックスを迎える。王獣と闘蛇の戦い、エリンとリランの運命は?圧倒的な迫力と感動的なラストは、是非本編を読んでいただきたいと思う。

 

 また、同著者の守り人シリーズも、読み応えのある力作で、獣の奏者の完読後、興味があれば、是非お薦めしたい。

 

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