我が家に犬がやってきた

 

 

 我が家に初めて犬がやってきたのは、意外に思われるかもしれないが、私が高校生の時だった。小さいときから生き物が好きで、小動物や昆虫など多くのものを飼ってきたが、多くの家庭と同じように、犬や猫を飼ってもらう事が出来なかった。

 

 我が家にやってきた犬は、生後1ヶ月位のメスの柴犬で、黒い毛色にお腹と足先が白く、まるで平安の公家の眉のように、両目の上に白い点が付いていた。

 

 私が学校から帰ると、玄関先に段ボール箱に入れられ、隅に丸くなって寝ていた。おもわず抱き上げると、高校生だった私の片手に簡単に納まった。母に聞くと、親戚のおばさんから押し付けられたそうだ。あれほど犬、猫を飼うことを許さなかった母も、断りきれなかったらしい。母によってすでにジュンと名付けられていた。

 

 ジュンは乾いた砂に水を撒いたように、私たち家族の心に自然に染み入った。家族の誰もが朝起きた時、家に帰った時、真っ先にジュンの姿を追いかけた。ジュンもどこに行くにも私の後を追いかけてきた。

 

 私の実家は埼玉県の浦和という所だが、近くを流れる荒川の土手と川原がいつもの散歩コースだった。まだ、生後2ヶ月位の時に土手でジュンのリードを放してやり、自由に走り回らせてやると、喜んで走り回り、黒い体は夕闇に紛れて見えなくなってしまった。

 

 ジュンの名前を呼びながら、後を追いかけたのだが、何処にいったのだか、全く姿も見えなければ、声も聞こえない。1時間ほども探し回っただろうか、家族に応援を頼むために家に戻ってみると、ジュンは勝手に家に帰ってきていた。わずか2ヶ月の子犬が、迷子にもならず、事故にも遭わず、家に帰り着いたことに驚くとともに、腰が抜けたように安堵した。そして、私がどれだけジュンを欲していたことに改めて気づかされた。

 

  私はあの日からいつでもジュンの後を追いかけている。そして高校卒業後、大学の獣医学科に進学し、獣医師になった。

 

ジュンが亡くなり、もう二十数年の年月がたった。私もいっぱしの獣医師になり、日々、動物の生死の狭間に生きている。そんな今でも私は、あの日夕闇に消えていったジュンの後姿を追い続けている。